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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)21号 判決 1999年3月24日

神奈川県川崎市高津区久末六一三番地

原告

藤田和男

神奈川県川崎市中原区新丸子町七三八番地

原告

藤田冨士夫

神奈川県川崎市宮前区土橋三丁目二〇番地二一

原告

上田瀧子

右三名訴訟代理人弁護士

中村鉄五郎

岡本芙希

神奈川県川崎市高津区久本二丁目四番三号

被告

川崎北税務署長 岡崎良則

右指定代理人

竹村彰

菅野勝雄

宇山聡

内田健文

横尾輝男

松本好正

主文

一  原告藤田和男の訴えを却下する。

二  原告藤田冨士夫及び原告上田瀧子の訴えのうち、平成七年五月三一日付け相続税更正処分の取消しを求める部分を却下する。

三  原告藤田冨士夫及び原告上田瀧子のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被相続人藤田ミヨ(以下「ミヨ」という。)の相続に係る原告らの相続税について、被告がした次の処分を取り消す。

一  平成七年五月三一日付け相続税更正処分(ただし、原告和男については修正申告時における「申告期限までに納付すべき税額」、その余の原告らについては修正申告時における「納付すべき税額」を、各超える部分)及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分

二  平成七年一一月二八日付け相続税再更正処分(ただし、一のかっこ内の額を各超える部分)及び過少申告加算税の賦課決定処分

第二事案の概要

被告は、原告冨士夫及び原告上田に対しては、納付すべき税額を増額する相続税更正処分及び再更正処分をし、原告和男に対しては、納付すべき税額は減額するものの「申告期限までに納付すべき税額」は増額する相続税更正処分及び再更正処分をした。右更正処分及び再更正処分は、ミヨの遺産の一つである別紙1の物件目録記載の農地(以下「本件農地」という。)が租税特別措置法(平成三年法律第一六号-以下「改正法」という。-による改正後のもの。以下「新法」という。)七〇条の六に規定する農地等についての相続税の納税猶予等の特例(以下「本件特例」という。)が適用されるものではないとすることを主な内容とするものである。そこで、原告らは、右の更正処分等の取消しを求めた。

これが本件の事案の概要である。

一  基礎となる事実(証拠を掲げた事実はその証拠により認定した事実であり、証拠の記載のない事実は争いがない事実である。)

1  当事者

ミヨは、平成五年一一月五日、死亡した。原告らは、ミヨの共同相続人である。

2  本件課税の経緯

本件課税の経緯は別紙2のとおりである。補足すると、以下のとおりである。

(一) 原告らは、ミヨを被相続人とする相続(以下「本件相続」という。)について、課税価格等を各々別紙2の「期限内申告」欄(<1>)のとおりとして、法定申告期限までに申告した。その後、原告らは、被告所属の職員による調査を受け、平成六年一二月二〇日相続税の課税価格等を各々別紙2の「修正申告」欄(<2>)のとおりとする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。

(二) 被告は、平成七年五月三一日付けで、過少申告加算税の額を各々別紙2の「<2>にかかる加算税賦課決定」欄(<3>)のとおりとする加算税賦課決定処分をした。

(三) 被告は、平成七年五月三一日付けで、原告らに対し、相続税の課税価格等を各々別紙2の「更正及び加算税変更・賦課決定」欄(<4>)のとおりとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を、また過少申告加算税について、原告和男に対し<4>欄のとおりとする変更決定処分を、原告冨士夫及び原告上田に対しそれぞれ<3>欄の金額を<4>欄の金額に増額させる過少申告加算税賦課決定処分をした(乙三ないし六)。

(四) 原告らは、右(三)の処分を不服として、平成七年六月二二日に異議の申立てをしたが、異議審理庁は、同年九月二二日付けでこれを棄却する旨(原告和男の過少申告加算税の変更決定処分については却下)の異議決定をした。

(五) 原告らは、平成七年一〇月一六日、審査請求をした。

(六) その後、被告は、平成七年一一月二八日付けで、原告らに対し、別紙2の「再更正及び加算税賦課決定」欄(<8>)のとおりの再更正処分(以下「本件再更正処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をし、また原告冨士夫及び原告上田に対しては、<4>欄の額を<8>欄のとおりに増額する過少申告加算税の賦課決定処分(乙三ないし六。以下、(三)の賦課決定処分と併せて「本件賦課決定処分等」という。)をした。

(七) 原告らは、各々、これらの処分を不服として、平成七年一二月一二日、異議申立てをしたところ、異議審査庁は、国税通則法九〇条一項に当たるとして、平成八年一月二四日、当該異議申立書を国税不服審判所長に送付し、同審判所長は、平成九年二月二六日、審査請求をいずれも棄却する(原告和男の本件更正処分及び過少申告加算税の変更決定所分についての審査請求については却下)旨の裁決をした。右裁決書は、同月二八日、原告らに送達された。

3  本件特例に関する規定

(一) 平成三年法律第一六号(改正法)による改正前の租税特別措置法七〇条の六においては、農地の相続については、納税を猶予する旨の特例が定められていた。

(二) ところが、改正法により、新法七〇条の六第一項が「農地(特定市街化区域農地等に該当するものを除く。)」と、また、新法七〇条の四第二項三号では「特定市街化区域農地等とは、市街化区域内に所在する農地又は採算放牧地で、平成三年一月一日現在で、首都圏、近畿圏、中部圏等の区域内に所在するもの(都市営農農地等を除く。)をいう。」というように改正され、首都圏、近畿圏及び中部圏のいわゆる三大都市圏の特定市の市街化区域内に所在する農地等(特定市街化区域農地等)については、本件特例が適用されなくなり、都市営農農地等についてだけは、なお適用があることとなった。

そして、都市営農農地等とは、「都市計画法八条一項一四号に掲げる生産緑地地区内にある農地又は採草放牧地で、平成三年一月一日において前号イからハまでに掲げる区域内に所在するものをいう。」とされている(新法七〇条の四第二項四号)。

(三) ただし、改正法附則一九条四項により、「平成四年一月一日から同年一二月三一日までの間に新法七〇条の六第一項に規定する農業相続人が相続又は遺贈により同項に規定する取得をした財産のうち当該取得の時において新法七〇条の四第二項三号に規定する特定市街化区域農地等に該当する同項一号又は二号に規定する農地又は採草放牧地が、同日までに都市計画法の規定に基づく都市計画の決定又は変更により次の各号に掲げる農地等に該当することとなった場合として政令で定める場合には、当該農業相続人に係る相続税については、当該農業相続人の申出により、当該農地等は、当該取得の時において当該各号に掲げる農地等に該当するものとみなして、新法七〇条の六の規定を適用するものとする。

一  新法七〇条の四第二項第四号に規定する都市営農農地等

二  都市計画法七条一項に規定する市街化調整区域内に所在する農地等」

と定められた(以下「経過措置」という。)。

4 本件特例の適用の可否に関連する事実

ミヨは、平成五年六月二五日、川崎市長に対し、「川崎都市計画生産緑地地区指定申出書」を提出し、川崎市長は、同年一二月二四日付け川崎市告示第四八三号により都市計画の変更をし、本件農地を川崎都市計画生産緑地地区に追加指定した旨を告示した。

二  原告らの主張

1  本件特例の適用

(一) 本件特例の規定文言上、平成五年一月一日以後の相続又は遺贈により農地等を取得した場合であっても、その取得の日(相続開始日)において当該農地について生産緑地地区の指定があり、都市営農農地等に該当することとなっている場合には、本件特例の適用がある。

また、平成五年一月一日以後の相続又は遺贈により農地等を取得した場合において、当該農地がその日において都市営農農地等に該当しないときには、本件特例を認めないとすれば、被相続人の死亡時期という偶然の事実によって本件特例の適否が決定されることとなるが、これは課税の公平を著しく害するものであって違法であるとともに、税負担の平等の原則に反し、財産権の保障を侵すものとして、憲法一四条、二九条に違反する。

(二) 経過措置は、特定市街化区域農地等における生産緑地地区の指定が平成四年一二月三一日までに完了することを前提としたものであったところ、現実には、東京都、川崎市などの一部の都市においては、平成五年一月一日以後も生産緑地地区の追加の申出を積極的に要請し、これを受け付けていた。そして、ミヨも、川崎市の要請に従って右指定の申出を行ったのであり、この際、ミヨは、本件農地について、経過措置の適否について知る由もなかった。また、本件農地の生産緑地地区指定に六か月を要しており、このためミヨの死亡前に生産緑地地区指定が間に合わなかったという事情もある。

(三) 以上によれば、平成五年一月一日以後に相続又は遺贈により農地等を取得した場合についての経過措置の不存在は、いわば法の欠缺であり、本件相続について本件特例を適用しないことは、前記のとおり憲法一四条、二九条に違反するのであるから、いわゆる合憲限定解釈により、本件農地にも本件特例の適用を認めるべきである。

2  本件農地の評価

(一) 本件農地は、特殊事情のある土地として、新法七〇条の六第五項に定める農業投資価格(本件特例が適用される農地等又は準農地につき、それぞれその所在する地域において恒久的に耕作又は養蓄の用に供されるべき農地等又は農地等に開発されるべき土地として自由な取引が行われるものとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格として当該地域の所轄国税局長が決定した価格。)で評価すべきものである。

(二) 仮に、本件農地の評価について財産評価基本通達四〇を適用するとしても、同通達四〇の(注)にある「その宅地とその農地との位置、形状等の条件の差を考慮して評価するものとする。」との規定を考慮すべきところ、被告は、本件更正処分等においてこの点を全く考慮していない。

3  財産評価基本通達四〇-二(二)よれば、生産緑地にかかる主たる従業者が死亡したときの生産緑地(五〇〇平方メートル以上)の評価は、生産緑地でないものとして評価した価額の九五パーセント相当額で評価すべきものである(以下、右のとおり五パーセント相当額を減額することを「広大土地控除」という。)が、被告の本件再更正処分は広大土地控除を認めなかった違法がある。

4  以上のとおり、本件更正処分等は違法であり、納めるべき税額が本件修正申告額を超える部分は取り消されるべきである。また、本件賦課決定処分等は、本件更正処分等による原告らの納税額を基準に行われたものであるから、対応する部分は取り消されるべきである。

三  被告の本案前の主張

1  原告和男の訴えにおけるその利益の欠如

本件更正処分等は、原告和男の本件修正申告額である相続税額一億四一七七万四八〇〇円を、一億三五七二万七七〇〇円又は一億四〇二九万八八〇〇円に減額させる処分である。また、平成七年五月三一日付け過少申告加算税の変更決定処分は、本件修正申告に係る過少申告加算税額三四〇万九〇〇〇円を二八〇万四〇〇〇円に減額させる処分である。

したがって、本件更正処分等及び右変更決定処分は、原告和男の権利利益を侵害するものではないから、原告和男の訴えは、訴えの利益を欠く。

原告和男は、相続税の納税猶予の適否について司法審査を受けるため、訴えの利益があると主張するが、相続税の納税猶予について、本件では被告による処分が行われたわけではないから、この点についての不服申立ては認められない。また、本件更正処分等を取り消しても、納税猶予が認められることにはならないから、原告らの主張は失当である。

2  原告冨士夫及び原告上田の平成七年五月三一日付け相続税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の各取消しを求める訴えにおけるその利益の欠如

被告は、本件更正処分及び本件賦課決定処分の後に、原告冨士夫及び原告上田の納付すべき税額及び過少申告加算税を増額させる旨の本件再更正処分及び加算税賦課決定処分を行った(別紙2の<8>欄)。これによって当初の更正・決定は後の再更正・決定に吸収されて一体となり、その外形が消滅したのであるから、後に行われた再更正・決定のみが取消訴訟の対象となると解すべきである(なお、被告は、口頭弁論の終結の後、過少申告加算税の賦課決定処分に関しては、右本案前の申立てを撤回する旨の書面を当裁判所に提出した。)。

四  被告の本案の主張―本件処分の適法性

1  本件更正処分等及び本件賦課決定処分等の根拠

原告らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額は、別紙3及び4のとおりであり、これによれば、原告らの納付すべき相続税額は、別紙4の順号8欄に記載のとおり、原告和男が一億四四三二万四八〇〇円、原告冨士夫が一二四五万八七〇〇円、原告上田が一二七五万九四〇〇となるから、これらの金額の範囲内にある本件更正処分等は適法である。課税価格のうちの本件農地の価額の評価については、後記3で詳細に主張する。

また、原告らは、ミヨを相続したことに係る相続税の納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて、国税通則法六五条四項に定める「正当な理由」も存しないので、本件賦課決定処分等は適法である。

2  本件農地への本件特例の不適用

経過措置は、平成五年一月一日以後に相続した農地には適用とならない。

ミヨは、経過措置の終了した後の平成五年六月二五日になるまで川崎市長宛に本件農地につき生産緑地地区指定の申出を行わなかったのであり、本件特例の適用可能な時期を自ら逸したものである。

原告らは、種々の主張をするが、租税法律主義の観点から、租税法規は厳格に解釈されるべきである。

3  本件農地の価額の評価

(一) 相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価により」評価するものと規定しており、特別な事情がない限り、財産評価基本通達及び毎年各国税庁が定める相続税財産評価基準によるべきものである。そして、財産評価基本通達四〇によれば、本件農地の評価額は、別紙5の順号<13>のとおり、二億二四七二万五六八〇円となり、本件再更正処分において被告が本件農地の価額として評価した金額である二億一五二六万九〇二〇円はその価額の範囲内である。

(二) 原告らは、本件農地を、農業投資価格によって評価すべきと主張するが、本件農地は、本件特例が適用されるものには該当しないから、原告らの主張は失当である。

(三) 財産評価基本通達四〇-二は、生産緑地法上の行為制限が付されている生産緑地について、その利用制限にかんがみ、また、市町村長に生産緑地の買取りを求める場合であっても、一定の手続やある程度の期間を要するなど、一般の土地と比べればそれなりの手数を要することとなるので、その点を評価上考慮するために、評価減を行うことを定めたものである。

しかも、同通達四〇-二は、当該農地が生産緑地であることを前提に評価減をするものであるから、相続開始時期において生産緑地の指定を受けていない本件農地には適用されない。

五  本案前の主張に対する原告らの反論

1  原告和男の訴えの利益の存在

本件特例が認められれば、原告和男としては納税猶予が認められるので、訴えの利益が認められる。

被告は、納税猶予の適否については司法審査は及ばないというが、納税猶予の経済的な重要性にかんがみれば、そのような見解は採り得ない。また、税務訴訟においては、納税者の権利保護のみならず、行政の違法行為の是正という意義も存するところ、本件では本件修正申告と比して課税標準が増額されており、また、本件特例の適用がないとされたことにより、実質的に増額更正が行われたと見ることができる。

2  原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち、平成七年五月三一日付け相続税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める訴えの利益の存在

本件再更正処分においては、納税猶予額については再更正されていないことから、再更正処分のみを訴えの対象とすれば、納税猶予額に関して原告冨士夫及び原告上田が争うことができなくなってしまうので、本件更正処分についても争うことができるとすべきである。原告冨士夫及び原告上田は、納税猶予を受けることができる者ではないが、原告和男の納税猶予額が認められれば、原告冨士夫及び原告上田の「申告期限までに納付すべき税額」が減額されるという関係にあるので、この点において原告冨士夫及び原告上田に訴えの利益を認めるべきである。

六  本件の争点

1  原告和男の訴えの適否

2  原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち、平成七年五月三一日付け相続税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分の適否

3  本件相続についての本件特例の適用の有無

4  本件農地の評価額

5  本件賦課決定処分等の適否

第三争点に対する判断

一  争点1(原告和男の訴えの適否)について

1  本件再更正処分の取消しの訴えの利益の有無

前記基礎となる事実及び別紙2のとおり、被告のした本件再更正処分により、原告和男が納付すべき税額は、本件修正申告時における金額(一億四一七七万四八〇〇円)から減額(一億四〇二九万八八〇〇円)された。訴えの利益は、右納付すべき税額の増減に着目して判断すべきものであるから、納付すべき税額を修正申告時における金額より減額した(再)更正処分の取消しを求める訴えは、その利益がないといわざるを得ない(最高裁平成三年一二月五日第一小法廷判決・税務訴訟資料一八七号二六四頁)。したがって、原告和男の本件再更正処分取消しの訴えは、訴えの利益を欠くといわざるを得ない。同様の理由で本件更正処分の取消しの訴えもその利益を欠くというべきである。

原告和男は、「申告期限までに納付すべき税額」が本件更正処分等によって増額しているとして、本件更正処分等を取り消す利益があると主張するようであるが、「申告期限までに納付すべき税額」は、納付すべき税額から納税猶予額を控除した金額であるから、納税猶予額に連動するということができる。ところが、更正処分は課税標準又は税額等すなわち納付すべき税額を更正するものであり(国税通則法二四条)、申告期限までに納付すべき税額は、更正処分と連動するものではないというべきである。したがって、申告期限までに納付すべき税額が増加してもそれが更正処分によってされたとしてその取消しを求めることはできないというべきである。

2  過少申告加算税賦課決定処分の取消しの訴えの適否

本件更正処分の際にまず税額を三四〇万九〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定処分がされた。そして、同日これを二八〇万四〇〇〇円に減額する変更決定処分がされた。

これは、本税の納付すべき税額が、当初申告税額一億〇七六八万一五〇〇円(別紙2の<1>欄)から一億四一七七万四八〇〇円(別紙2の<2>欄)に本件修正申告で増額されたために差額三四〇九万三三〇〇円の一〇分の一(国税通則法六五条一項)の過少申告加算税賦課決定処分がされたところ、続いて本件修正申告より納付すべき税額を減額する本件更正処分がされたため、当初更正による納付すべき税額一億三五七二万七七〇〇円(別紙2の<4>欄)と当初申告額との差額二八〇四万六二〇〇円の一〇分の一である二八〇万四〇〇〇円に過少申告加算税を減額する賦課決定処分がされたものである。そして、本件再更正処分時にも二八〇万四〇〇〇円の過少申告加算税賦課決定処分が維持されている。

そうすると、右の変更決定処分は、三四〇万九〇〇〇円とする当初の過少申告加算税賦課決定処分を変更するものであり、その後は、当初の過少申告加算税賦課決定処分が変更後のものとして維持され、変更決定処分自体は役目を終えて消滅すると解するのが相当である。したがって、変更決定処分自体の取消しを求める利益は認められない。なお、原告和男は、本件修正申告に伴う過少申告加算税の賦課決定処分(別紙2の<3>欄)自体は訴えの対象とはしていない。

3  争う方法

1及び2の結果からすると、原告和男は、本件特例の適否について本訴訟で争う機会を失うこととなる。納税者としては、納税すべき金額の多寡のみならず、納税すべき時期についても大きな利害を有する場合があり得ることは原告和男の主張するとおりであり、この点について本訴訟においても司法審査の機会が必要であるとの原告らの主張には首肯すべき点が含まれている。

しかしながら、原告らとしては、本件特例の適否について不服があるときは、相続税の徴収手続において、申告期限までに納付すべき金額が過大である旨を主張して、その減額に対応した徴収手続を求めることができる(前記最高裁平成三年一二月五日判決の第一審判決である神戸地裁平成三年一月二八日判決・税務訴訟資料一八二号一五二頁)から、1及び2のような結果であっても、別段原告らの救済にかけるところはないというべきである。なお、後記三のとおり原告冨士夫及び原告上田との関係で本件特例の適用の有無が判断される本件においては、実質的な不利益は一層のことない。

二  争点2(原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち、平成七年五月三一日付け相続税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分の適否)について

1  事実関係

前記基礎となる事実、別紙2及び乙四・五によれば、原告冨士夫及び原告上田について、本件更正処分の後に、納付すべき税額を増額する本件再更正処分が行われたこと、過少申告加算税については、本件修正申告に係る過少申告加算税の賦課決定処分が行われた(別紙2の<3>欄)後、これを原告冨士夫につき二九万八〇〇〇円増額(その結果、別紙2のように六〇万二〇〇〇円となる。)、原告上田につき三〇万五〇〇〇円増額(その結果別紙2のとおり六三万一〇〇〇円となる。)する賦課決定処分(別紙2の<4>欄)及び原告冨士夫・原告上田につき各一万三〇〇〇円増額する平成七年一一月二八日付け賦課決定処分(別紙2の<8>欄)が行われたことが認められる。

2  増額再更正処分後の当初更正処分の取消しの訴えの適否

そして、更正処分の後に、納付すべき税額を増額する再更正処分が行われた場合には、当初の処分は後の処分に吸収されて当初の更正処分の取消しを求める訴えの利益はないと解される(最高裁昭和五五年一一月二〇日第一小法廷判決・集民一三一号一三五頁)から、原告富士夫及び原告上田の訴えのうち、本件更正処分の取消しを求める訴えにはその利益はないものと解される。

3  過少申告加算税賦課決定処分の取消しの訴えの適否

これに対し、過少申告加算税賦課決定処分については、更正処分の場合とは異なり、過少申告加算税を増額する処分が行われたときには、後に行われた過少申告加算税賦課決定処分は、以前に行われた過少申告加算税賦課決定処分の効力を失わせるものではなく、過少申告加算税を追加的に賦課する旨の決定であると解すべきである。前記1の事実関係に照らしても、実務はこのような運用をしていることが判明する。そうすると、原告冨士夫及び原告上田について後にされた過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<8>欄)が行われても、以前に行われた過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<4>欄)の取消しを求める訴えの利益は失われないので、平成七年五月三一日にされた過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<4>欄)の取消しを求める訴えについては、内容の当否を判断することとなる。なお、原告冨士夫及び上田は、本件修正申告に伴う過少申告加算税の賦課決定処分(別紙2の<3>欄)自体は訴えの対象とはしていない。

4  論点の整理

よって、原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち、本件更正処分の取消しを求める訴えは不適法であるが、その際の過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<4>欄)の取消しを求める訴えは適法であると解すべきである。

なお、原告冨士夫及び原告上田について右賦課決定処分の適否を判断するためには、本件更正処分の適否が前提となるから、以下において原告冨士夫及び原告上田に関する本件更正処分の適否についても判断するが、このことは、原告冨士夫及び原告上田に関する本件更正処分の取消しの訴えの利益がないとすることと矛盾するものではない。

原告冨士夫及び原告上田については、別紙2のとおり、本件修正申告、本件更正処分及び本件再更正処分における課税価格は同一であり、納付すべき金額が順番に大きくなっている。このような結果となっているのは、原告和男について本件特例の適用があると、原告冨士夫及び原告上田についても、納付すべき税額の計算方法が異なってくる(新法七〇条の六第二項)ためであるから、原告冨士夫及び原告上田の過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<4>欄)及び本件再更正・過少申告加算税賦課決定処分(別紙2の<8>欄)についての適否を判断する際には、本件特例の適用があるかどうかが主要な共通争点となる。また、本件農地の価格の算定についても、本件特例の適用の有無が関係する。そこで、三では、まずこの点を検討する。

三  争点3(本件相続についての本件特例の有無)について

1  適用の有無

前記基礎となる事実のとおり、ミヨは、平成五年六月二五日川崎市長に対し「川崎都市計画生産緑地地区指定申出書」を提出し、同年一一月五日に死亡し、原告らが本件農地を共同相続した。また、川崎市長は、同年一二月二四日付け川崎市告示第四八三号により都市計画の変更をし、本件農地を川崎都市計画生産緑地地区に追加指定した旨を告示した。

本件農地は、右告示により都市営農農地等に該当するようになった(本件農地が平成三年一月一日時点で首都圏等に所在したことは明らかであるから、本件農地は平成五年一二月に都市営農農地等に該当するということに、支障はない。)。

右のとおり、ミヨが死亡し、原告らが本件農地を相続したときにおいて、本件農地は、都市営農農地等に当たらず、特定市街化区域農地等には該当するのであるから、本件農地の相続については、新法七〇条の六第一項及び七〇条の四第二項三号により、相続税の納税猶予は受けられない。また、本件農地が都市営農農地等となった時点においては、経過措置により本件特例が適用される期間である平成四年一二月三一日は経過している。したがって、新法の右規定又は経過措置のいずれによっても、本件農地に本件特例は適用されない。

2  原告らの主張について

(一) 原告らは、被相続人の死亡時期という偶然の事実によって本件特例の適否が決定されることは、課税の公平を著しく害するものであって違法であるとともに、税負担の平等の原則に反し、財産権の保障を侵すものととして、憲法一四条、二九条に違反するから、いわゆる合憲限定解釈により、本件農地にも本件特例を適用すべきであると主張する。

しかし、本件特例は、昭和四〇年代の地価の一般的高騰に伴って、農地の価格も高騰し、その結果、相続税の負担がかさんで、大都市の近郊では農業の継続が困難であるという問題に対処するため、昭和四九年の税制改正で創設されたものであるが、近時、すべての農地に本件特例を認めることはかえって不公平であるとの批判が強くなり、また土地政策の観点からも問題が多いため、平成三年度の税制改正によって、首都圏、近畿圏及び中部圏のいわゆる三大都市圏の特定市の市街化区域内に所在する農地等(特定市街化区域農地等)は、都市営農農地等を除き、本件特例の対象外とされることとなったものである。そして、平成四年中の相続については、改正初年であることを考慮して経過措置が設けられ、平成四年一月一日から同年一二月三一日までの間に相続又は遺贈により取得した特定市街化区域農地等については、その取得の日(相続の日)において都市営農農地等に該当しない場合であっても、平成四年一二月三一日までに都市営農農地等に該当することとなった場合には、農業相続人の申出により、本件特例の適用対象として取り扱うものとされた(乙六。その他、立法経過に関する文献-例えば、金子宏著「租税法(第六版)」・弘文堂、「問答式 農地の相続税・贈与税-大幅改正された納税猶予制度をわかりやすく解説-」・大蔵財務協会)。

以上の本件特例及び経過措置の制定経緯にかんがみると、立法府は、適正な税負担の観点から、特定市街化区域農地等については本件特例を直ちに廃止すべきであるとしてこれを実行したが、これによって税負担がにわかに過重なものとなることを抑制するため、いわば猶予期間として経過措置を設けたものと認めることができる。したがって、一般の租税法規の解釈原則どおり、あるいはそれ以上に猶予期間である経過措置の適用については厳格かつ画一的に行うべきであり、経過措置の適用期間を経過した本件農地についてこれを拡大解釈して適用することは、相当でない。原告らは、死亡時期が課税あるいは納税猶予の不平等をもたらすというが、時間の経過を理由とする法律関係に適用上差異が生じるのは通例のことであり、猶予期間をいつまでも長く設けることは一般に不合理であるから、経過措置の期間が一年に止められていることをもって、不合理な取扱いの差異ということはできない。

(二) 原告らは、経過措置が平成四年一二月三一日までに相続又は遺贈により農地等を取得した場合に適用されると規定されたのは、特定市街化区域農地等における生産緑地地区指定が同日までに完了することを前提としたものであったと主張し、甲九には、国の行政庁の担当者も、その旨認める言動を行った旨の記載が見られる。

しかし、仮に原告らの右の主張が真実であったとしても、前記のような本件特例及び経過措置の制定の経緯及び趣旨にかんがみて、当然に本件特例に関する規定を緩やかに解釈すべきとする理由として十分とは認めがたい。

(三) 次に、原告らは、本件農地の所在地区のように生産緑地地区の指定が平成五年にも行われた区域がある以上、その区域では死亡時期が平成五年であった事案についても、相続税の納税猶予が認められるべきであると主張する。

しかし、相続税の猶予を認めるための一要件といえる生産緑地地区の指定が平成五年にかけて行われたから、残る要件といえる被相続人の死亡時期が平成五年である事例にも当然に相続税の猶予が認められなければ、看過しがたい不都合不合理がもたらされるとまではいえない。とりわけ、ミヨは平成四年中に生産緑地地区の指定の申出をしていなかったというのであり、もしそうしていれば、ミヨの死亡時に本件農地が都市営農農地等となっていて新法の七〇条の六自体の適用が受けられた余地があるので、そのこととの対比で考えると、本件はいまだ憲法違反と断ずるような不都合が生じている事案とは認めがたいのである。

3  まとめ

以上のとおり、本件特例及び経過措置の上記のような立法趣旨は、いずれも正当なものであり、それについての課税上の取扱いが、被相続人の死亡時期によって著しく不合理な区別をもたらすとはいえず、少なくとも原告らに不平等な結果をもたらし原告らの財産権を侵害するものであるということはできない。

四  争点4(本件農地の評価)について

1  評価額

相続税の課税価格計算の基礎となる財産の評価は、特別な事情がない限り、財産評価基本通達及び毎年各国税局長が定める相続税財産評価基準によるべきである。そして、財産評価基本通達四〇によれば、本件農地の評価額は、別紙5の順号<13>のとおり、二億二四七二万五六八〇円となるところ、特段の事情は認められないので、本件農地の評価額は右の金額と認めるのが相当である。

そして、本件再更正処分において被告が本件農地の価額として評価した金額である二億一五二六万九〇二〇円は、その価額の範囲内である。

2  原告らの主張について

(一) 本件農地の評価方法について、原告らは、財産評価基本通達四〇に定める市街地農地として評価するのではなく、農業投資価格に基づいて評価すべきと主張する。

しかしながら、原告らの主張の根拠と思われる新法七〇条の六の規定は、本件特例の適用がある場合にのみ適用されるものであり、前記のとおり、本件特例の適用のない本件農地について同条を適用する余地はなく、原告らの主張は理由がない。

(二) また、原告らは、本件農地を財産評価基本通達四〇により評価するとしても、同通達によれば、本件農地とその付近にある宅地との位置、形状等の条件の差を考慮して農地等の価格を評価すべきとされているのに、被告はこれを行っていないと主張する。

まず、同通達四〇(注)は、「その宅地とその農地との位置、形状等の条件の差を考慮して評価するものとする」と規定する。そして、市街地農地の価額を付近の宅地の価額をもとに、その宅地との位置、形状等の条件差を考慮して評価する場合には、形状の条件差については、路線価方式における奥行価格補正率等の画地調整率を参考として差し支えないとの国税庁職員の解説があり(乙二)、被告は、前記基礎となる事実及び別紙5のとおり、本件農地の評価において、奥行価格補正率、不整形地補正率、宅地造成費等を考慮している事実が認められるのであるから、被告が本件更正処分等において財産評価基本通達四〇の(注)において考慮すべきものとされている点を考慮していないということはできず、原告らの右主張は理由がない。

(三) さらに、原告らは、本件再更正処分において、財産評価基本通達四〇-二(二)に定める広大土地控除を認めなかった点で違法であると主張する。

しかしながら、同通達四〇-二は、生産緑地法上の行為制限が付されている生産緑地について、その利用制限にかんがみて評価減を行うことを定めたものである。また、同通達四〇-二(二)は、市町村長に生産緑地の買取りを求める場合であっても、一定の手続と時間が必要であるという特殊性を評価上考慮するために五パーセントの評価減を行うものとしたものである。これらの右規定の趣旨から明らかなとおり、右規定が適用されるためには、当該農地が相続開始時期において生産緑地の指定を受け、生産緑地法上の行為制限が付されていなければならないものと解される。

ところが、前記基礎となる事実のとおり、原告らが本件農地を共同相続した平成五年一一月五日の時点では、本件農地はいまだ生産緑地の指定を受けていなかったのであるから、本件農地には財産評価基本通達四〇-二は適用されず、原告らの主張は理由がない。

五  争点5(原告冨士夫及び原告上田についての本件再更正処分及び本件賦課決定処分等の適否)について原告らは、本件農地以外の相続財産の価額及び債務等の合計額については争わない。そうすると、原告らの納付すべき相続税額は、別紙4のとおり、原告富士夫が一二四五万八七〇〇円、原告上田が一二七五万九四〇〇円となり、右金額の範囲内でされた原告富士夫及び原告上田についての本件再更正処分には、違法な点はない。したがって、これを前提としてされた原告冨士夫及び原告上田に対する本件賦課決定処分等(別紙2の<4><8>欄)にも違法はない。

六  結論

以上の次第であるから、原告和男の訴え並びに原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち平成七年五月三一日付け相続税更正処分の取消しを求める部分は、いずれも不適法であるからこれを却下し、原告冨士夫及び原告上田の訴えのうち平成七年五月三一日付け過少申告加算税の賦課決定処分、平成七年一一月二八日付け相続税再更正処分及び同日付け過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 弘中聡浩)

別紙1

物件目録

所在 川崎市高津区久末字横大道

地番 五〇三番一

地目 畑(現況とも)

地積 九六三・〇〇平方メートル

別紙2

課税の経緯

<省略>

別紙3

課税価格等の計算明細表

<省略>

別紙4

税額算出表

<省略>

別紙5

本件農地の相続税の課税価格に算入される価額

<省略>

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